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戦姫絶唱シンフォギアXV リレー連載 第10回

立花 響 役 悠木 碧

小日向 未来役 井口 裕香

スタッフ&キャスト陣によるリレー連載第10回のゲストは、立花 響役の悠木 碧さんと小日向 未来役の井口 裕香さんです。
響と未来の小さなすれ違いが、地球を巻き込んだ壮絶な戦いへと発展した『XV』。二人が辿ってきた険しい道のりとその結末についてたっぷり語っていただきました。

――ついに『XV』の放送が終了し、『シンフォギア』シリーズも完結を迎えました。現在の率直な感想を聞かせていただけますか?

悠木 正直、終わった感が薄いです(笑)。毎シーズン、「これぞ最終回」という最終回を迎えていますし、金子(彰史)さんが最終回のアフレコのあとに「全65話のうち30話くらいは最終回だった」とおっしゃっていて、まさにその通りだと思ったんです。確かに各シーズン、数話に一話はクライマックスという作品ですし、今回が特別な最終回という感じでもなくて、今は「すごくいい試合でした!」という気持ちでいっぱいです。

井口 ひとつの終わりを迎えたという気持ちは大きいんですが、あおちゃん(悠木)が今言った通りですね。特に『XV』は毎話、最終回のようなクオリティだったので、「これで終わり!」という実感は今のところ実はあまりないんです。まだどうなるかはわかりませんが、今後また『AXZ』までのようなライブであったり、そういったものが全部終わるまで「私たちの戦いは終わらない!」という気持ちなのかなと思います。

――今期は未来がラスボスになるという過酷な展開になりました。

井口 『XV』第1話のアフレコの前に監督や金子さんが挨拶してくださったときにやけに視線を感じて(笑)、もしやと思いつつも、未来はシェンショウジンをすでにまとっているし、響に救ってもらっているから敵にはならないだろうと思っていたんです。だから、果たして本当に敵になる日がくるのだろうかという半信半疑の気持ちでいました。

悠木 未来がラスボスになるかもしれないという話はぼんやり聞いていたんですが、でも、何が来ても驚かないという思いもありました。『シンフォギア』って常に怒濤の展開が続く作品なので、いきなり舞台が月になっても納得できてしまうし、未来がラスボスになっても「なるほど」と思えるようになってしまっていて。

井口 確かに、何が起きても受け止められる心が鍛えられたよね(笑)。

悠木 そうなんです。「未来がラスボス!? つらい!」じゃなくて、「未来がラスボス!? じゃあ、どうやって解決しよう?」という気持ちが先行するようになったので、実際に未来と戦うことになっても、まずはあるがまま受け止められました。

井口 さすが、迷いがないね。

悠木 響自身にまったく迷いがないんです。未来と戦うことになりました、自分しか未来を倒せません、じゃあ大好きな未来を倒すか人類を見放すか選んでください。そうなったときに、「うーん、どっちも救う!」というのが響なので。「ちゃんと話、聞いてた?」ってツッコミを入れたくなりますが、まぁでも響ってそういう人だよねと妙に納得できてしまうんです。その響に私も少なからず感化されているので、未来がラスボス化するという展開への驚きはあまりなかったかもしれません。

井口 「なんのためにシンフォギアやってるんですか!」という言葉にも表れているけど、特に今期の響は迷っている時間すら惜しいという感じだったもんね。すごく頼もしかった。

悠木 シンフォギアって「やる」ものなんだ、動詞なんだって、思わず笑ってしまいました。

――井口さんはシェム・ハ未来というキャラクターをどう捉えましたか?

井口 音響監督さんから「高貴でプライドが高く、もし攻撃されても『うわー!』みたいに叫ばないでほしい」というディレクションがあったんです。シェム・ハ未来はもはや未来ではないんだなと感じて、特に後半はまったく別のキャラクターのつもりで演じていました。その分、すごく難しかったですね。未来ではない上に、決して強気に攻めてくるタイプでもないですし、かといってキャロルやサンジェルマンのように信念をぶつけて戦うようなタイプでもなくて。

悠木 神様がわざわざ人のところに降りる必要はない、という立ち位置で喋っているような印象でした。

井口 本当に神様という印象でしたね。

――そのシェム・ハ未来との戦いを振り返っての感想はいかがですか?

悠木 未来がシェム・ハに同調していたことを聞いて、響は一瞬ショックを受けましたが、響の結論として「たとえ未来が嫌がっていたとしても、私は未来がほしい」という想いにたどり着いたことが嬉しかったです。世界のためでもなく、未来のためでもなく、私の望みのために戦う。もちろん、未来のためとか世界のためという想いもあったとは思うんですが、これって今までの響にはなかった原動力なんです。

井口 自分の想いを押し通したよね。

悠木 第1期の頃にその在り方を「前向きな自殺衝動」と喩えられた響が、第5期になり自分のエゴや信念を押し通せるようになって、未来に自分の想いを告げられたんです。改めて響の成長が感じられるストーリーだったなと思います。

――その響や装者たちを前にしたシェム・ハ未来について、井口さんはどのような思いを込めて演じられたのでしょうか。

井口 装者の歌を完全に拒絶するイメージで演じました。「うるさい! 歌がなんだ! わかり合えないって言っているでしょう!」という感じですね(笑)。どんどん追い詰められていく様子ではあったので、後半はもう子どもがわめき散らしているかのように戦いました。

――響との応酬も凄まじいものがありました。

井口 シェム・ハ未来としては響を完全に否定していましたけど、心の中の未来としてはキュンとしていたんだろうなと思いました。こんなに全力で未来への気持ちが込められていたら、絶対に嬉しいはずですからね。「二千年の呪いよりもちっぽけだと誰が決めた!」というセリフは、あおちゃんのお芝居がカッコよくて私もキュンとしました。

悠木 嬉しい! 

井口 ただ、お芝居としては未来のキュンキュンもシェム・ハの動揺も表立って見せられないので、グッと我慢しましたね。

悠木 キャロルを含めて7人で歌っているときって、響とシェム・ハ未来が話していることが多かったので、「対話中の響のボーカルは抜けませんか」とスタッフさんに相談したんです。というのも、今回の事態って響と未来の言葉が足りなくて起こったことなので、響としてはシェム・ハ未来に向き合って、ちゃんと話を聞きたかったんじゃないかなと思ったんです。本当は歌っていないとギアの出力が上がらないんですが、でも話を聞かないとシェム・ハ未来が「やっぱり、わかり合おうとしていない」となってしまうような気がして。

井口 結局、人の話を聞こうとしないじゃないかって受け取っちゃうかもしれないしね。

悠木 だから、人の話を聞く、ちゃんと答えるということが重要だなと思ったんです。それに、人間なんてちっぽけだし、わかり合えないというシェム・ハ未来の主張をちゃんと聞いた上で、「だとしても!」という言葉に繋がったほうが響の行動や言葉に説得力が増すような気がしたので、シェム・ハ未来の言葉に耳を傾けるためにも台詞を優先したいと相談させていただきました。

井口 『XV』の響はただ肉体的に強くなっただけではなくて、精神的にもずっと成長して、この響だからこそみんなもついていったんだろうなと思いました。

悠木 今回、響がほしいもののためにみんなが力を貸してくれたんです。世界を守るという使命もあるんですが、みんな、響がエゴで動いていることを受けて止めて、背中を押してくれた。それがすごく嬉しかったです。

――そして、Bパートではユグドラシルを止めるため、未来が装者に加わり『Xtreme Vibes』を歌いました。

井口 このレコーディングは本当に戸惑いましたね……。一応、仲間になることは伺っていたんですけど、いただいた曲はシリーズを締めくくるような壮大な曲。しかも私がレコーディングの一番手だったんです。とにかく戸惑いが大きくて、今でもそのときの記憶はふわふわしています(笑)。これはアフレコ現場で歌ったときも感じたことなんですが、やっぱりちょっとだけ申し訳ない気持ちがあったんです。

――申し訳ない気持ち、というのは?

井口 今まで見ているだけで、送り出す立場だった未来が、最後に大切な人たちと一緒に戦いの場に赴ける、力になれるというのは嬉しかったですし、想うだけじゃ足りないんだと気付けたことにもグッときたんです。展開としては胸アツですが、でも何年にもわたって積み上げてきたものがある装者の皆さんの中に、私が加わっていいのかなと。

悠木 ええ!? そんなことないですよ! 私たちからしても満を持しての7人曲で、すごく嬉しかったです。

井口 本当に複雑な気持ちだったので、そう受け取ってもらえたら嬉しいですね。

――アフレコ現場で歌ってみての感想はいかがでしたか?

悠木 絶唱はハモりが難しくて、みんな少し戸惑っていました。Aパートで歌った『PERFECT SYMPHONY』のほうがアクションがある分、難しいのかなと思ったんですが、この曲は技術的なところがとても難しくて、なかなか音程が取れなかったんです。

井口 しかもアフレコの環境も特殊だったよね。

悠木 今回は7人全員でアフレコブースに入って、マイクを7本立てて一斉に歌ったんです。アフレコ現場での歌収録では過去最多の人数でした。

井口 それにヘッドフォンにはほかの人の音程も入ってくるから、つい釣られてしまって。

悠木 スタッフさんも最善の努力をしてくださっているし、我々も頑張って練習してきているんです。でも、7人が一斉に歌うという激アツな展開であるがゆえに、難易度がこれでもかというほど上がってしまって。同じパートを歌うことになった茅野(愛衣)さんと頑張ろうねと話していました。

井口 でも、歌詞もメロディも本当に素敵で、『シンフォギア』という作品を後世に伝えていきたいという上松(範康)さんの意志が詰まった音楽だなと思いました。

悠木 アフレコがすべて終わったあとにこの曲を歌ったので、まさに歌詞に書かれているようにやりきったなと胸を張れましたし、みんなに会えてよかったなと感慨深く歌うことができました。

――しかも、最後は絶唱で締めくくられます。

悠木 奏さんが絶唱したことで響にギアが渡り、その響がみんなと絶唱して終わる。すべてはここから始まり、その始まりで終わるという締めくくりにグッときました。

――そして、物語の終盤にはシェム・ハとの対話もありました。あのやりとりをお二人はどう受け止めましたか?

悠木 シェム・ハはわかり合えないなら一つにしてしまえばいいという考え方で、響たちはそれぞれが違うからわかり合う必要があるし、わかり合おうとすることが素敵なんだという考え方で、結果、どちらの想いが強かったかで戦いが決着したと思うんです。その戦いを経て、シェム・ハと話し合いできたのは嬉しかったです。響はシェム・ハとちゃんと話したかったと思いますし、未来とわかり合えて、人類の可能性を信じて、それにシェム・ハが納得してくれて……。

――最後の敵ともわかり合えたと。

悠木 シェム・ハは言ってしまえば人類の親に当たる存在なので、そういう意味では厳しかったお母さんが、じゃあ子どもたちに任せてみようかなと思ってくれたのかな、と。日髙さんのお芝居もどこかママ味がありましたし(笑)、最終的には手助けしてくれて、ちょっとした親心を感じました。

井口 未来も響も二人ともお互いを想い続けているのに、ちょっとしたすれ違いでこんなに大変な事態になってしまったんですけど、でもこの戦いの中で、想い続けて、気持ちを伝えて、わかり合おうとすることが大事なんだと未来も学ぶことができて。シェム・ハにその想いをぶつけたときは心が強くなったなと思いました。そのあと、シェム・ハにまた傷つくかもしれないと問われて未来は言葉に詰まるんですが、響が「だとしても」と支えてくれたのが嬉しかったです。

悠木 ここで未来が簡単に「大丈夫だ」と言えてしまうと、それってもはや神様サイドになってしまうと思うんです。未来が一度折れかけるという演出と未来が揺らいだお芝居ってすごく重要で、これは人間というのは二人いないと完成しないという表現なのかなと解釈しました。

井口 それが神様と人間の違いだと。

悠木 そうなんです。シェム・ハの言葉に揺らいだ未来がいて、「だとしても」という響がいたからこそ、人間の可能性を感じてシェム・ハは説得されたのかなと思いました。

――ありがとうございました。では、最後に『シンフォギア』シリーズを愛してくれた適合者の皆さんにお二人からメッセージをお願いします。

井口 第1期の放送から約7年、アフレコの期間を入れたら約8年という長いシリーズになったのも、作品を愛してくださった適合者の皆さんのおかげです。皆さんのおかげで、私たち幸せになれました(笑)。第5期だからこそできる山あり谷ありの展開がふんだんに詰め込まれた『XV』は、私自身も心から楽しむことができましたし、何より歌にも参加できて一切の悔いなし、という心境です。改めて『シンフォギア』の完結を迎えられたことが嬉しいですし、皆さんには心より感謝をお伝えしたいです。本当に、ありがとうございました!

悠木 ここまで応援してくださって本当にありがとうございます! 第5期になっても未熟なところが多いなと反省しつつも、第1期よりはだいぶ成長できたかなと感じております。私はただ一生懸命、魂を込めて作ることしかできなかったので、血を吐いてもいいから頑張ろうという気持ちでやってきましたが、どれだけ魂を込めても受け取ってくれる方がいないとまったく意味がないんです。その意味で、皆さんが温かく受け取ってくださったことが本当に嬉しかったです。アニメは完結しましたがアプリや遊技機といった熱量を感じていただける場所がまだまだたくさんあるので、これからも応援していただけたら幸いです!

◆コラム◆

演じているキャラクターを漢字一文字で表すと?(キャラクターの名前以外で)

(井口)

最後は幸せになれたので(笑)。アフレコが終わったあと、共演者の皆さんからも祝福されました。

◆コラム2◆

『シンフォギア』シリーズを一言で表すと?

(悠木)

エネルギー

見ている人、演じている人すらも焼き尽くさんとする強いエネルギーのある作品です。

(井口)

悠木碧

あおちゃんあってこその『シンフォギア』です!